京都東山(北部)

◼南禅寺(京都市 左京区)

★臨済宗南禅寺派 大本山

ご本尊は釈迦如来、開基(創立者)は亀山法皇、開山(初代住職)は無関普門(大明国師)。日本最初の勅願禅寺であり、京都五山および鎌倉五山の上におかれる別格扱いの寺院で、日本の全ての禅寺のなかで最も高い格式をもつ。

ご朱印の「金剛王宝殿」は、南禅寺の仏殿の名称で現在の法堂を指す。

◼慈照寺(京都市 左京区)

★臨済宗相国寺派

相国寺の境外(けいがい)塔頭である。室町時代後期に栄えた東山文化を代表する建築と庭園を有する。室町幕府8代将軍足利義政が鹿苑寺の舎利殿(金閣)を模して造営した楼閣建築である「観音殿」は銀閣(ぎんかく)、観音殿を含めた寺院全体は銀閣寺(ぎんかくじ)として知られる。

◼禅林寺(京都市 左京区)

★浄土宗西山禅林寺派 総本山

一般には通称の永観堂の名で知られる。ご本尊は阿弥陀如来、開基は、空海の高弟の真紹僧都である。当寺は紅葉の名所として知られ、古くより「秋はもみじの永観堂」といわれる。また、京都に3箇所あった勧学院(学問研究所)の一つでもあり、古くから学問(論義)が盛んである。

浄土宗の開祖「法然上人」のご朱印。

ご朱印の「南無帰依法」は、「南無帰依仏・南無帰依法・南無帰依僧」の三帰依文の一つで、「お釈迦さまが説かれた教えを大切にしてまいります」の意味。

◼金戒光明寺(京都市 左京区)

★浄土宗

通称寺名をくろ谷さん(くろだにさん)と呼ぶ。知恩院とならぶ格式を誇る浄土宗の七大本山の一つである。

ご朱印の「浄土真宗最初門」は、法然が最初に浄土宗を布教を行った地であることに因み、後小松天皇から「浄土真宗最初門」の勅額を賜ったことに因む。

奈良時代の学者吉備真備が遣唐使として帰国の際、船が遭難しそうになり「南無観世音菩薩」と唱えたところ、たちまちその難を免れることができた。 真備は、唐より持ち帰った栴檀香木で行基菩薩に頼み観音さまを刻んでもらった。 この縁起によりこの観音さまを「吉備観音」と呼んでいます。

「五劫思惟」の阿弥陀仏は、通常の阿弥陀仏と違い頭髪(螺髪(らほつ))がかぶさるような非常に大きな髪型が特徴。阿弥陀仏が法蔵菩薩の時、もろもろの衆生を救わんと五劫の間ただひたすら思惟をこらし四十八願をたて、修行をされ阿弥陀仏となられたとされ、五劫思惟された時のお姿をあらわしたもの。

◼弥勒院(京都市 左京区)

★本山修験宗

元は長泉寺と云い、天和年間(1681〜1684)に聖護院の西(現京大病院内)に創建され富士垢離行屋の組頭として聖護院配下の寺となり、明治29年明石の弥勒院(延享4年、1747年創建)と合併し寺名を弥勒院とする。昭和2年聖護院より哲学の道に移築し現在に至る。

「幸せ地蔵尊」はもともと京都室町(きょうとむろまち)の商家がお祀りしていたもので、戦時中に譲り受ける形となり本堂でお祀りしていたもの。

ご本尊の「大日如来」のご朱印。

◼霊鑑寺(京都市 左京区)

★臨済宗南禅寺派

1654年(承応3年)後水尾天皇が皇女を開基として創建された門跡尼寺。代々皇女が住職を務めて、谷御所、鹿ケ谷比丘尼御所とも呼ばれている。御所人形・貝あわせ等、皇室ゆかりの品が多く、池泉鑑賞式庭園や、名椿が多数あることでも有名。通常非公開だが、毎年、春(椿)と秋(もみじ)に特別拝観が行われる。

◼安楽寺(京都市 左京区)

★浄土宗

安楽寺は、1207年(建永2)におこった建永の法難のきっかけとなった法然の念仏道場「鹿ヶ谷草庵」の後身の寺であり、寺宝として安楽房遵西・住蓮坊と後鳥羽上皇の女官であった松虫・鈴虫関連のものが残されている。

ご朱印の「法然上人」は浄土宗の開祖。