泉涌寺とその周辺

◼泉涌寺(京都市 東山区)

★真言宗泉涌寺派 総本山

平安時代の草創と伝えるが、実質的な開基は鎌倉時代の月輪大師俊芿である。東山三十六峰の南端にあたる月輪山の山麓に広がる寺域内には、鎌倉時代の後堀河天皇、四条天皇、江戸時代の後水尾天皇以下幕末に至る歴代天皇の陵墓があり、皇室の菩提寺として「御寺泉涌寺」と呼ばれている。

ご朱印の「霊明殿」は、明治15年(1882)10月炎上の後、同17年明治天皇によって再建された尊牌殿で、入母屋造り桧皮葺き、外観は宸殿風の建物である。

楊貴妃観音堂に祀られている聖観音像に因んだ「楊貴妃観音」のご朱印。

 

◼雲龍院(京都市 東山区)

★真言宗泉涌寺派

泉涌寺の別院。南北朝時代は北朝の後光厳天皇の勅願により、竹巌聖皐を開山として応安5年(1372年)に創建された。後小松天皇、称光天皇など皇室の帰依を受けて発展したとされる。江戸時代初期、如周宗師が隣接する後円融天皇縁の龍華院を併合する。

「龍華殿」は当寺の本堂。

 

◼善能寺(京都市 東山区)

★真言宗泉涌寺派

泉涌寺の塔頭寺院。一説によれば823年(弘仁14年)に空海が八条油小路の地に創建したのに始まるという。1551年(天文20年)に後奈良天皇の命で現在地に移されたとされる。

ご本尊の「聖観音」のご朱印。

◼観音寺(京都市 東山区)

★真言宗泉涌寺派

泉涌寺の塔頭寺院で、今熊野観音寺とも称される。大同年間(806年~810年)、空海が庵を結んだのに始まるとされ、藤原緒嗣が伽藍を造営したと伝えられる。永暦年間(1331年~1334年)、新熊野神社が建てられるとその本地仏を祀る寺とされた。

ご本尊の十一面観音に因んだ「大悲殿」のご朱印。

大師堂の前に立たれる観音さま「ぼけ封じ観音」のご朱印。

真言宗の開祖「弘法大師」のご朱印。

◼即成院(京都市 東山区)

★真言宗泉涌寺派

泉涌寺の塔頭寺院。那須与一ゆかりの寺とされており、与一が光明院(即成院の別名)に参詣し、武運を祈願したとされる。また、即成院の本堂裏には与一の墓とされる石塔がある。

泉山七福神巡りの一番「福禄寿」のご朱印。

◼来迎院(京都市 東山区)

★真言宗泉涌寺派

泉涌寺の塔頭寺院。大同元年(806年)に空海(弘法大師)が唐(中国)で感得した三宝荒神像を安置して来迎院を開創したとされる。

ご朱印は本堂を表す「廣福殿」。

◼戒光寺(京都市 東山区)

★真言宗泉涌寺派

泉涌寺の塔頭寺院。安貞2年(1228年)、浄業(曇照律師)によって猪熊八条の地に開山し、後堀河天皇の勅願所となった。応仁の乱により堂宇を焼失したが、本尊の釈迦如来は仮に一条戻橋の東へ移された。更に三条川東に移築された後、正保2年(1645年)に後水尾天皇の発願により現在地に移転し、泉涌寺の塔頭となる。

ご朱印は、丈六の釈迦如来が祀られていることから「丈六殿」。

◼新善光寺(京都市 東山区)

★真言宗泉涌寺派

泉涌寺の塔頭寺院。寛元元年(1243)8月、僧・値願念西が歓進し、後嵯峨天皇の御願寺として一条大宮の地に創建された。勅命によって大工藤井為行、小工沙弥教弘らが信州信濃善光寺本尊と同体の全銅阿弥陀如来立像を鋳造して本尊とし、新善光寺と呼んだ。

ご本尊の「阿弥陀如来」のご朱印。