吉野村周辺

◼金峯山寺(奈良県吉野郡吉野町)

★金峰山修験本宗 本山

金峯山寺は、金峰山修験本宗(修験道)の本山。本尊は蔵王権現、開基(創立者)は役小角と伝えられる。金峯山寺の所在する吉野山は、古来桜の名所として知られ、南北朝時代には南朝の中心地でもあった。「金峯山」とは、単独の峰の呼称ではなく、吉野山と、その南方二十数キロの大峯山系に位置する山上ヶ岳を含む山岳霊場を包括した名称であった。

「蔵王堂」は金峯山寺の本堂。

愛染堂は1770年に建てられた経堂であったが、蔵王堂から愛染明王を遷座させた時に愛染堂と改称された。
ご本尊の「愛染明王」は奥千本にある安禅寺の愛染堂に安置されていたが、廃寺となったため蔵王堂に移され、更に愛染堂へと遷座された。

蔵王堂の正面にある観音堂は蔵王堂の古材で創られ、室町期の「十一面観音」像が祀られている。

◼桜本坊(奈良県吉野郡吉野町)

★金峯山修験本宗別格本山

大峯山寺の護持院5箇院の1つでもある。本尊は「神変大菩薩」(役行者)。山伏文化の殿堂と言えるほど多くの文化財が残されている。天智天皇から逃れた弟の大海人皇子(後の天武天皇)は、「桜本坊」の前身である日雄(ひのお)離宮にとどまっていた。ある冬の日に桜が咲き誇っている夢を見た皇子が役行者の高弟・日雄角乗(ひのおのかくじょう)に訊ねたところ、「桜の花は花の王と云われ,近々皇位に着くよい知らせです」と答えた。その後、壬申の乱に勝利し,皇位に着いた天武天皇は、夢で見た桜の木の場所(日雄離宮)に寺を建立したとされる。

◼如意輪寺(奈良県吉野郡吉野町)

★浄土宗

平安時代の延喜年間(901年 – 922年)に日蔵上人により開かれたと伝わる。南北朝時代、後醍醐天皇が吉野に行宮を定めた際に勅願所とされたが、天皇は還京叶わぬまま崩御して本堂裏山に葬られた。以来寺運は衰えたが、慶安3年(1650年)文誉鉄牛上人によって本堂が再興され、その際に真言宗から浄土宗に改宗した。