東大寺

◼東大寺(奈良県奈良市)

★華厳宗 大本山

奈良時代(8世紀)に聖武天皇が国力を尽くして建立した寺院。「奈良の大仏」として知られる盧舎那仏(るしゃなぶつ)を本尊とし、開山(初代別当)は良弁である。奈良時代には中心堂宇の大仏殿(金堂)のほか、東西2つの七重塔を含む大伽藍が整備されたが、中世以降、2度の兵火で多くの建物を焼失した。現存する大仏は、台座(蓮華座)などの一部に当初の部分を残すのみであり、また現存する大仏殿は江戸時代の18世紀初頭(元禄時代)の再建で、聖武天皇が当時の日本の60余か国に建立させた国分寺の中心をなす「総国分寺」と位置付けられる。

華厳経を究極の経典として、その思想を拠り所として独自の教学体系を立てた宗派「華厳宗」にちなんだ「華厳」のご朱印。

「大仏殿」(金堂)のご朱印。ご本尊は盧舎那仏像本尊で、一般に奈良の大仏として知られる。

旧暦2月に「お水取り」(修二会)が行われることから二月堂と呼ばれる。

「南無観」の観とは観音菩薩、南無とは一生懸命信じることの意味。

法華堂は、奈良県奈良市の東大寺にある奈良時代(8世紀)建立の仏堂である。一般に三月堂として知られる。日本の国宝に指定されている。東大寺に現存する数少ない奈良時代建築の1つであり、堂内に安置する10体の仏像も奈良時代の作である。

お堂の名前に因んだ「法華」のご朱印。

法華堂のご本尊「不空羂索観音立像」に因んだ「不空羂索観音」のご朱印。

四月堂は正式な名を三昧堂(ざんまいどう)と言い、お堂の名の由来は創建者である仁仙大法師と助慶上人が法華三昧を行ったからであるとされる。以前は千手観音がご本尊であったが、東大寺ミュージアムに移されたため、現在のご本尊は「十一面観音」となっている。

仁仙大法師と助慶上人が四月堂を創建した時に、法華三昧の本尊としたのが「普賢菩薩」像でった。そのため、古くは「普賢堂」と呼ばれることも多かった。

「念仏堂」は、1180年(治承4年)の南都焼討で先陣を勤めた阿波重能らの罪を救うため、重源の発願で造立されたもの。

本尊は、鎌倉時代の「地蔵菩薩」坐像。

「行基堂」には、江戸時代に東大寺復興に貢献した公慶の発願で作られた「行基菩薩」坐像が安置されている。

行基は、百済の帰化人の子孫といわれ、貧民救済・治水・架橋などの社会事業活動を行い、民衆から大きな支持を得ていた僧侶。

東大寺は戦国時代に罹災し、大仏殿再建を目指し大仏殿の大きな指図(さしず:設計図)を収めるお堂として指図堂が建てられたが、大仏殿復興の後、浄土宗徒の願いにより法然上人ゆかりの霊場として建て替えられた。

「圓光大師」は法然上人のこと。

戒壇院は、出家者が受戒(正規の僧となるための戒律を授けられる)するための施設として、天平勝宝7年(755年)に鑑真和上を招いて創建された。現在の建物は享保18年(1733年)の再建である。

内部には中央に法華経見宝塔品(けんほうとうほん)の所説に基づく宝塔があり、その周囲を「四天王」像が守っている。