東京都

◼寛永寺(東京都台東区)

★天台宗 関東総本山

徳川将軍家の祈祷所・菩提寺であり、徳川歴代将軍15人のうち6人が寛永寺に眠る。17世紀半ばからは皇族が歴代住職を務め、日光山、比叡山をも管轄する天台宗の本山として近世には強大な権勢を誇ったが、慶応4年(1868年)の上野戦争で主要伽藍を焼失した。

「瑠璃殿」は、ご本尊の瑠璃光如来(薬師如来)のお堂の意味。

◼浅草寺(東京都台東区)

★聖観音宗 総本山

東京都内最古の寺である。本尊は「聖観音」菩薩(しょうかんのんぼさつ)。元は天台宗に属していたが第二次世界大戦後独立し、聖観音宗の総本山となった。観音菩薩を本尊とすることから「浅草観音」あるいは「浅草の観音様」と通称され、広く親しまれている。

浅草寺に祀られている「大黒天」像は、俗にいう「米びつ大黒」として江戸以来、市民の崇敬を集めている。

◼増上寺(東京都港区)

★浄土宗鎮西派 大本山

空海の弟子・宗叡が武蔵国貝塚(今の千代田区麹町・紀尾井町あたり)に建立した光明寺が増上寺の前身といわれる。その後、室町時代の明徳4年(1393年)、浄土宗第八祖酉誉聖聡の時、真言宗から浄土宗に改宗し、寺号も増上寺と改めた。この聖聡が、実質上の開基といえる。徳川家の菩提寺であるとともに、檀林(学問所及び養成所)がおかれ、関東十八檀林の筆頭となった。

「黒本尊」阿弥陀如来像は徳川家康の念持仏で、1月、5月、9月の15日に年3日だけ御開帳される。

「阿弥陀如来」は、当寺のご本尊。

◼泉岳寺(東京都港区)

★曹洞宗

慶長17年(1612年)に徳川家康が外桜田に門庵宗関を招いて創建。寛永18年(1641年)寛永の大火で焼失したが、徳川家光の命で、毛利・浅野・朽木・丹羽・水谷の5大名により、現在の高輪の地で再建された。赤穂事件で有名な浅野長矩と赤穂浪士が葬られていることで知られ、現在も多くの参拝客が訪れる。

「本尊釈迦如来」と書かれている。

◼高岩寺(東京都豊島区)

★曹洞宗

毛利家の女中が針を誤飲した際、地蔵菩薩の御影を飲み込んだ所、針を吐き出すことができ、吐き出した御影に針が刺さっていたという伝承もあり、「とげぬき地蔵」の通称はこれに由来する。そこから他の病気の治癒改善にも利益があるとされ、現在に到るまでその利益を求めて高齢者を中心に参拝者が絶えない。

「南無地蔵尊」は、当寺のご本尊「地蔵菩薩」に因む。

◼浄真寺(東京都世田谷区)

★浄土宗

山号は「来像九品山」。「九品仏」(くほんぶつ)とは、一義的には同寺に安置されている9体の阿弥陀如のことであるが、一般には同寺の通称となっている。

「五劫思惟(ごこうしゆい)」の阿弥陀仏は、通常の阿弥陀仏と違い頭髪(螺髪(らほつ))がかぶさるような非常に大きな髪型が特徴。

「無量寿経」によると、阿弥陀仏が法蔵菩薩の時、もろもろの衆生を救わんと五劫の間ただひたすら思惟をこらし四十八願をたて、修行をされ阿弥陀仏となられたとあり、五劫思惟された時のお姿をあらわしたもの。

◼深大寺(東京都調布市)

★天台宗 別格本山

「深大寺」の名称は、仏法を求めて天竺(インド)を旅した中国僧玄奘三蔵を守護したとされる水神「深沙大王」(じんじゃだいおう)に由来していると伝えられている。 天平5年(733年)満功上人が法相宗の寺院として開創したが、859年、天台宗に改宗された。

阿弥陀仏の寿命が無量であることから「無量寿」は阿弥陀仏のことを示すとされる。

「白鳳仏」は国宝に指定された銅造釈迦如来像を示す。1909年(明治42年)に元三大師堂の壇の下から発見されたもので、現在は釈迦堂に安置されている。

慈恵大師(元三大師)像を安置しているのが、この大師堂である。

「元三大師」は慈恵大師のことで、元三大師堂には慈恵大師像が安置されている。

◼観蔵院(東京都練馬区)

★真言宗智山派

創建年月は不詳だが、三宝寺の塔頭寺院として創建され、文明9年(1477)当地へ移転したとされる。

墨書きは梵字でご本尊の「不動明王」と書かれている。平筆で書かれたうつくしいご朱印。

◼大円寺(東京都目黒区)

★天台宗

この寺は、寛永年間(1624年 – 1644年)湯殿山修験道の行者大海が創建したのに始まると伝えられる。1772年(明和9年)2月に発生した大火(明和の大火・行人坂火事)の火元となった寺であることから、江戸幕府から再建の許可が得られなかった。江戸時代後期の1848年(嘉永元年)になって薩摩藩主島津斉興の帰依を得て、その菩提寺としてようやく再建された。

「大黒天」を祀り、元祖山手七福神の一つとなっている。

◼飛不動尊正宝院(東京都台東区)

★天台宗

1530年に本山派修験僧の正山上人によって開かれた。正山上人は修験道の聖地和歌山県熊野から奈良県吉野にいたる大峯山で修行後諸国を巡歴した。

「飛不動」は、住職がご本尊のお不動様を背負い大峯山まで修行にでかけたとき、ご本尊が留守の江戸の寺にお不動様の分身を携えた人々が集まり、お不動様を観想して一心に祈ると、一夜にして大峯山から江戸に飛び帰り、祈った人々の願いを叶えてくれたことに因む。

◼回向院(東京都墨田区)

★浄土宗

振袖火事(ふりそでかじ)と呼ばれる明暦の大火(1657年(明暦3年))の焼死者10万8千人を幕命(当時の将軍は徳川家綱)によって葬った万人塚が始まり。のちに安政大地震をはじめ、水死者や焼死者・刑死者など横死者の無縁仏も埋葬する。

ご本尊は「阿弥陀如来」。

江戸三十三箇所観音参りの第4番札所であり、この「馬頭観世音」菩薩も徳川家綱の愛馬を供養したことに由来している。

◼深川不動堂(東京都江東区)

★真言宗智山派

成田山 東京別院。江戸時代のはじめ、歌舞伎役者の市川團十郎が不動明王が登場する芝居を打ったことなどにより、成田山の不動明王を拝観したいという気運が江戸っ子のあいだで高まった。これを受けて、元禄16年(1703年)1回目の成田不動の「出開帳」(現代風にいえば「秘仏特別公開」)が富岡八幡宮の別当・永代寺で開かれた。これが深川不動堂の始まりである。

ご本尊は「不動明王」。

◼豪徳寺(東京都世田谷区)

★曹洞宗

当寺付近は中世の武蔵吉良氏が居館とし、天正18年(1590年)の小田原征伐で廃城となった世田谷城の主要部だったとされる。文明12年(1480年)、世田谷城主吉良政忠が伯母で頼高の娘である弘徳院のために「弘徳院」と称する庵を結んだ。当初は臨済宗に属していたが、天正12年(1584年)曹洞宗に転じる。寛永10年(1633年)、彦根藩主・井伊直孝が井伊氏の菩提寺として伽藍を創建し整備した。

ご本尊は「釈迦如来」。

◼梅照院(東京都中野区)

★真言宗豊山派

一般的に新井薬師として知られている。高尾山薬王院、日向薬師、峰の薬師とともに武相四大薬師に数えられる。

ご本尊は「薬師如来」と「如意輪観音」。

◼経王寺(東京都新宿区)

★日蓮宗

慶長三年(1598)に当時は武蔵国豊島郡(むさしのくにとしまごおり)市ヶ谷田町と呼ばれていたところ(現・新宿区市谷田町)に、尊重院日静上人(そんじゅういんにちじょうしょうにん)という僧によって開創された。

開山・尊重院日静上人 が、日蓮聖人の高弟である中老僧・日法上人作の大黒天立像を、身延山久遠寺 から江戸に移し、経王寺に安置した。この大黒天像は、たびかさなる火災から焼失を免れたため「火伏(ひぶ)せの大黒天」 とあがめられ、庶民の信仰を集めている。

◼總持寺(東京都足立区)

★真言宗豊山派

西新井大師の通称で広く知られる。空海が関東巡錫の途中、西新井を通った際に、本尊である観音菩薩の霊託を聞き、本尊の十一面観音を彫り天長3年(826年)に寺院を建立したことに始まるとされる。

「厄除 弘法大師」のご朱印。

◼豊川稲荷東京別院(東京都港区)

★曹洞宗

豊川稲荷 妙厳寺(愛知県豊川市)の、唯一の直轄別院である。

ご朱印は「豊川吒枳尼眞天」。