平泉

◼中尊寺(岩手県西磐井郡平泉町)

★天台宗 東北大本山

奥州藤原氏三代ゆかりの寺として著名であり、平安時代の美術、工芸、建築の粋を集めた金色堂を始め、多くの文化財を有する。

中尊寺「金色堂」は、平安時代後期建立の仏堂で、奥州藤原氏初代藤原清衡が天治元年(1124年)に建立したもの。平等院鳳凰堂と共に平安時代の浄土教建築の代表例であり、当代の技術を集めたものとして国宝に指定されている。

限定ご朱印帳を購入した際に拝受できる見開きバージョン。

「金色堂」の通常バージョン。

讃衡蔵(さんこうぞう)は、山内寺院の文化財を収蔵・展示する施設。1955年に開館したが、現在の建物は2000年に新築されたもの。もと本坊本尊の木造阿弥陀如来坐像(重文、中尊寺蔵)、峰の薬師堂にあった木造薬師如来坐像(重文、願成就院蔵)、閼伽堂にあった木造薬師如来坐像(重文、金色院蔵)の3体の巨像をはじめ、多くの文化財を収蔵展示する。

「丈六佛」とは、一丈六尺(いちじょうろくしゃく)の仏様の略語で、メートル法に換算すると、約 4m 85cmとなる。

本堂は、参道である月見坂を登った右手の中尊寺本坊内にある。

御朱印の梵字は、本堂ご本尊の「釈迦如来」をあらわす「パク」という文字とのこと。

 

「弁慶堂」は中尊寺の参道沿いにある建物で、入母屋の金属板葺きの屋根でかなり細かい彫刻が施されている。文政9年(1826)の再建で、藤原時代五方鎮守のため火伏の神として本尊勝軍地蔵菩薩を祀り愛宕宮と称した傍らに、義経公と弁慶の木像が安置されている。

阿弥陀堂は讃衡蔵の向かいにある。ご本尊の阿弥陀如来のほか、蔵王権現や縁結びのご利益があるといわれる歓喜天がお祀りされている。

「南無阿弥陀仏」は名号のひとつで「六字名号」のこと。阿弥陀仏へ の帰依を表明する定型句である。

峯薬師堂は願成就院ともいわれ、もともと経塚山にあったが、元禄2(1689)年に現在の地へ移された。ご本尊を「薬師如来」とし、その両脇に日光菩薩・月光菩薩が安置されている。

 

積善院のご朱印。「道祖神」と書かれている。

「大日如来」が安置されている大日堂のご朱印。

経蔵は、中尊寺経(国宝)を納めるために建立されたお堂。鎌倉時代の建物だが、一部には平安時代の古材が使用されている。

創建時、二階建てだった経蔵は、建武四年(1337)の火災により、二階部分が焼け、一階部分を活かして、修復したものと伝えられている。その際に、本尊の「文殊菩薩像」や運慶作と言われる「千手観音像」や「中尊寺経」や「中尊寺供養願文」、「骨寺古図」は、寺僧たちによって、焼失することなく護られたといわれる。

地蔵堂のご朱印。地蔵堂は本堂の隣にあり、北上川を眺める事ができる高台の上に建てられている。

ご本尊の「地蔵尊」と書かれている。

弁財天堂のご朱印。

ご本尊の「弁財天」と書かれている。

「薬師堂」は元々現在の場所にあったのではなく、1657年に現在地に建立されたとされるお堂。初めに建立したのは清衡公だが、薬師堂内には慈覚大師が自ら彫ったとされる薬師如来像が安置されている。

◼毛越寺(岩手県西磐井郡平泉町)

★天台宗 別格本山

開山は円仁(慈覚大師)と伝えられる。境内は「毛越寺境内 附 鎮守社跡」として国の特別史跡、庭園は「毛越寺庭園」として特別名勝に指定されている。

ご朱印は、ご本尊の「薬師如来」、脇侍は日光菩薩・月光菩薩である。

高館義経堂は、別名衣河館とも呼ばれ、元々藤原基成の館であったとされる。義経主従は文治5年閏4月30日(1189年6月15日)に再三にわたる源頼朝の要求に屈した藤原泰衡に襲撃され(衣川の戦い)、妻(郷御前)・子と共に自害した。館の跡には天和3年(1683年)に仙台藩藩主伊達綱村により義経堂と義経の木像が建立された。現在は毛越寺が管理している。

「義経大明神」と書かれている。