甲信越地方

◼善光寺(長野県長野市)

★無宗派

善光寺は無宗派の単立寺院で、住職は「大勧進貫主」と「大本願上人」の両名が務める。日本最古と伝わる一光三尊阿弥陀如来を本尊とし、善光寺聖の勧進や出開帳などによって、江戸時代末には「一生に一度は善光寺詣り」と言われるようになった。今日では御開帳が行われる丑年と未年に、より多くの参拝者が訪れる。

本堂「善光寺」のご朱印。

賓頭盧(びんずる)尊者は十六羅漢の一人で、神通力(超能力)がとても強い人だったと言われている。病人が自分の患部と同じところを撫でると病気が治るという信仰があり、多くの人が賓頭盧尊者像を触っている。そのため、「撫仏」とも呼ばれている。

「撫仏」のご朱印。

山門の内部には、四天王に囲まれた木像文殊菩薩坐像、四国八十八ヶ所の札所本尊を模刻した百体仏が祀られている。文殊菩薩坐像が安置されていることから、山門のことを「知恵の門」とも呼ばれる。

山門本尊「文殊菩薩」のご朱印。

善光寺の本堂右に建てられている地蔵堂には、東日本大震災の被害者の追悼と復興を支援のためにするために製作された地蔵菩薩立像が安置されている。この地蔵菩薩立像は、津波で流された岩手県陸前高田市の高田松原の松を用いて作られた親子二体ずつの「おやこ地蔵」のうちの親地蔵一体。他の三体は、陸前高田市の普門寺に置かれている。

「おやこ地蔵」のご朱印。

釈迦堂は、正確には世尊院の小御堂と言うが、一般的には釈迦堂と呼ばれている。釈迦涅槃像が安置されており、御開帳の時には善光寺同様に回向柱が建立されることからも、重視されている。

ご本尊「涅槃釈迦如来」のご朱印。

釈迦堂には釈迦涅槃像の脇侍として毘沙門天像と不動明王像が安置されている。

「毘沙門天」のご朱印。

◼甲斐善光寺(山梨県甲府市)

★浄土宗

甲斐善光寺は、開基武田信玄公が、川中島の合戦の折、信濃善光寺の焼失を恐れ永禄元年(1558)御本尊善光寺如来をはじめ、諸仏寺宝類を奉遷したことに始まる。その後、武田氏滅亡により、ご本尊は織田・徳川・豊臣氏を転々としたが、慶長三年(1598)信濃に帰座した。甲府では新たに、前立仏を御本尊と定め、本坊三院十五庵を有する大寺院として浄土宗甲州触頭を勤め、徳川家の位牌所にもなっていた。

ご本尊「善光寺如来」のご朱印。

◼西福寺(新潟県魚沼市)

★曹洞宗

1534年(天文3年)に波多野義重を開基、芳室祖春を開山として天台宗の寺院として創建されたが、後に曹洞宗へ改宗された。「日本のミケランジェロ」とも称される江戸時代の名工石川雲蝶の彫刻が多く残されていることで広く知られている。第23世住職の蟠谷大龍により建立された開山堂には、石川雲蝶が6年かけて作ったとされる道元禅師猛虎調伏の図を有する。

ご本尊「阿弥陀如来」のご朱印。

◼龍谷寺(新潟県南魚沼市)

★曹洞宗

曹洞宗獄林寺の末寺。本堂は禅建築、慈雲閣観音堂はインドグプタ王朝様式で昭和40年に完成。堂内に安置されている十一面観音菩薩、本堂の廊下にある欄間には石川雲蝶・小林源太郎の彫刻があしらわれている。

◼普光寺(新潟県南魚沼市)

★真言宗豊山派

毘沙門堂は大同二年(807年)平城帝の御代、坂上田村麿将軍が東夷征討のおり、 国家鎮護のため建立し、インドの仏工毘首羯摩作という「本尊毘沙門天王」を奉祀さ れたのが草創と言われている。

毘沙門天の意訳である四天王・多聞天に因んだご朱印「多聞天王」。

◼永林寺(新潟県魚沼市)

★曹洞宗

永林寺は、五百有余年前に創建され、徳川家康の孫松平忠直公、その子松平光長公の香華所として本堂建築を認可され、三葉葵の紋章を許された由緒深い曹洞宗の名刹である。その折、江戸彫り御三家の石川流石川雲蝶正照を拝請し、100点余りの作品群を有している。置物や欄間は、華麗ななかにも艶やかさを保ち、勝縁の寺として参詣者も多い。

◼恵林寺(山梨県甲州市)

★臨済宗妙心寺派

元徳2年(1330)に、甲斐牧ノ庄の地頭職をつとめていた二階堂出羽守貞藤が夢窓国師を招き、自邸を禅院とし創建した。武田信玄の尊敬を受けた美濃の快川(かいせん)和尚の入山で寺勢を高め、永禄7年(1564)には、信玄自ら寺領を寄進し当山を菩提寺と定めた。「本能寺の変」によって信長が斃れて後、徳川家康の手により復興され、また徳川五代将軍綱吉の時代に甲斐国主となった柳沢美濃守吉保の庇護で寺運は発展、柳沢吉保嫡男の吉里の代に柳沢家は奈良大和郡山に転封となるも、吉保夫妻は恵林寺を菩提寺として霊廟をもうけた。

武田信玄の菩提寺である恵林寺明王殿には「武田不動尊」と称される不動明王坐像及び二童子像が安置されている。

◼西念寺(山梨県富士吉田市)

★時宗

養老3年(719年)、行基により創建されたという。天台宗寺院であったが、鎌倉時代の永仁6年(1298年)に時宗の遊行二世他阿真教が信濃国から甲斐国を遊化して相模国へ赴く際に止宿し、弟子の真海を住職として時宗道場に改めて真教が開祖となり、富士山来迎阿弥陀三尊が安置され富士参詣道者の信仰を集めた。

ご朱印は時宗らしい「南無阿弥陀佛」。

◼大善寺(山梨県甲州市)

★真言宗智山派

奈良時代に行基の開創を伝えられ、本尊である薬師如来像の様式などから創建は平安時代前期と考えられている。国宝の薬師堂は天禄2年(971年)に三枝守国による建立とする伝承がある。

ご朱印はご本尊の「薬師如来」。平安初期の作と考えられている薬師三尊像は本堂の厨子内に安置され秘仏である。また三像ともに桜材の一木造である。

甲州東郡七福神巡拝第一霊場のご朱印「弁財天」。

◼能成寺(山梨県甲府市)

★臨済宗妙心寺派

能成寺は南北朝時代の貞和年間に、業海本浄を開山、甲斐国守護・武田信守を開祖として、現在の笛吹市八代町に創建されたという。業海本浄は臨済宗幻住派の僧で晩年に天目山棲雲寺を開いた人物である。戦国時代には甲斐守護・武田晴信(信玄)により、いずれも臨済宗妙心寺派寺院で構成される甲府五山の一つに定められる。

禅宗らしく、円相に「佛心」と書かれたご朱印。